新種クロツチクジラを発表 ―SNHの調査が貢献―

国立科学博物館動物研究部・北海道大学大学院水産科学研究院他の研究グループは、合衆国自然史博物館海棲哺乳類部門とともに北海道沿岸に漂着した鯨類を調査・分析した結果、これまで科学的には認識されていなかった種が存在することを確認し、Berardius minimus Yamada, Kitamura and Matsuishi, 2019として記載しました。

本種が新種であると判断された根拠は、当該個体群が既知種に対し、
・成熟個体の体長が有意に小さい
・体長に対する吻(ふん)の相対長が有意に小さい
・体色が黒い
・頭骨形態が異なる
・ミトコンドリアDNAおよび核DNAに有意な差が認められる
などが挙げられます。

本研究成果は8月30日18時(日本時間)に、科学誌ネーチャーが発行するScientific Reportsに掲載されました。

本種については,従来漁業者などは、いわゆるツチクジラとは異なる「クロツチクジラ」とよんで区別していたものに相当すると考えられるので、本種の和名として「クロツチクジラ」を提唱しました。


【背景】
北海道の捕鯨関係者の間では、いわゆる「ツチクジラ」には通常のツチクジラと比べて色が暗く小さい「クロツチ」あるいは「カラス」と呼ばれるものがいると言われていましたが、その正体はこれまで明らかになっていませんでした。

北海道大学 松石隆教授が主宰している漂着鯨類調査グループ「ストランディングネットワーク北海道」(SNH)が、2008年以降収集した北海道各地に漂着したアカボウクジラ科の3個体は、噴気孔の形態などツチクジラ属の特徴がありましたが、頭部をはじめ、外部形態が従来知られているツチクジラとは異なることが指摘されました。

Kitamura et al.(2013)は、この3個体と既知のツチクジラ67個体からそれぞれ抽出したDNAシークエンスと、文献的に明らかにされていたミナミツチクジラのDNAシークエンスを比較考察して、明らかな相違を確認、既知種とは異なるツチクジラ属の未知種存在の可能性を提起しました。その後、Morin et al.(2017)は、同様の遺伝的組成を持つ未知種個体がアリューシャン列島にも棲息していることを報告しました。この未知種を新種として記載するには、その形態学的特徴を把握し、総合的な解析によってツチクジラ属の既知の二種(ミナミツチクジラおよびツチクジラ)との関係を明らかにすることが必要でした。

【研究手法】
本研究では、SNHが収集した未知種6個体の形態学的解析を行いました。これらのうち4個体については国立科学博物館で全身骨格標本とし、それらの形態学的特徴の把握と計測結果の多変量解析などを行い、この6個体は、形態学的に既知のミナミツチクジラB. arnuxiiおよびツチクジラB. bairdiiのいずれとも異なる別の種である事が示されました。

伝統的には、形態学的記載が種記載には不可欠で、その基礎となる骨学的研究には、既知種の特徴を詳細に把握し、未知種の特徴を対比する必要があるので、既知種のタイプ標本はもちろんのこと、種の特徴を捉えるため多数の標本を渉猟し、種としての全体像を把握する必要があります。国立科学博物館の山田格名誉研究員と田島木綿子研究主幹は、国立自然史博物館(パリ)、合衆国自然史博物館(いわゆるスミソニアン博物館、ワシントンDC)、国立自然史博物館(ストックホルム)に収蔵されているツチクジラ属のタイプ標本を精査し、さらに、自然史博物館(いわゆる大英自然史博物館、ロンドン)、アカトゥシュン博物館(ウシュアイア)などに所蔵のツチクジラ属標本をも加えて比較、検討を行いました。

B. bairdiiB. arnuxiiの形態学的な識別は困難とされていますが、今回調査した未知種の頭骨は各部の比率が独自であると同時に脳頭蓋形状などに顕著な特徴があり、この2種とは明らかに異なることが示されました。すなわち、この未知種の成熟した雄個体の体長が6.2-6.9mであるのに対し、オホーツク海に生息する既知のB. bairdii 34個体の平均体長は10.0m(Kishiro 2007)と統計学的に有意に異なり、体長が顕著に小さいことが確認されました。

さらにB. bairdii 10個体、ミナミツチクジラB. arnuxii 7個体と未知種4個体の頭蓋計測値の主成分分析および判別分析を実施したところ、これら3グループは重なりなく明確に分離されることが確認されました。
さらに2014年以降SNHが新たに入手した未知種3標本をくわえた計8個体の未知種の遺伝子情報と、ツチクジラB. bairdii 7個体、ミナミツチクジラB. arnuxii 2個体のミトコンドリアDNAコントロール領域(879-bp)の分子系統解析を行ったところ、B. bairdiiB. arnuxiiの遺伝的差異に比べて未知種と既知の2種との差異が明らかに大きいことが改めて確認されました。

上記の結果を総合して、この未知種鯨類は独立の種として世界のクジラに加えるべきものであるとの結論に到達し、新種Berardius minimusとして記載し報告するに至りました。

なお分類学の世界では、種は属名と種小名(いずれも原則としてラテン語表記)で認知されます。本種が属すると判断されたツチクジラ属(Berardius)を属名とし、そして少なくとも現状では属内で最も小さい特徴を示すべくラテン語で「最も小さい」意の「minimus」を種小名としました。英名については関係者間では「black berardius」と呼んでいますが英名中にラテン語属名を含むのは好ましくないとの意見もあり英語を母国語とする人々の間で妥当な英名が醸成されるのを待ちたいと考えています。

【研究成果】
これらの結果から本種は新種であると断定しました。
学名:Berardius minimus
命名者:山田格、北村志乃、松石隆
英名:未定
標準和名:クロツチクジラ
ホロタイプ標本:国立科学博物館所蔵NSMT-M35131(北見市常呂町に漂着,成熟雄個体骨格)


論文情報
論文名 Description of a new species of beaked whale (Berardius) found in the North Pacific
(北太平洋で発見されたツチクジラ属新種鯨類の記載)
著者名 山田格1,北村志乃2,阿部周一3,田島木綿子1,松田純佳3,James G. Mead4,松石隆3,(1国立科学博物館,2岩手大学,3北海道大学,4スミソニアン博物館)
雑誌名 Scientific Reports(総合科学学術専門誌)
DOI  https://doi.org/10.1038/s41598-019-46703-w
LSID urn:lsid:zoobank.org:pub:52AD3A26-4AE6-42BA-B001-B161B73E5322
公表日 日本時間2019年8月30日(金)午後6時(英国標準時間2019年8月30日(金)午前10時)(オンライン公開)


Yamada et al. 2019 に掲載されたクロツチクジラのイラスト